ルーツ
The roots.有名なアフリカ系アメリカ人の自叙伝のタイトルである。自らの起源を遡ってアフリカに到達したこの著作に敬意を表し、ここでは名前からこのゲームの登場人物のルーツを探ってみよう。
第一小隊のルーツはすべてヨーロッパにある。アール・マッコイはアイルランドの血を引き、ブルース・ブレイクウッドはイングランドの名を持つ。ダル・ファーフィーのダルはスコットランドの地名(ダラス)に由来し、ユージン・ボルヒェルト(あるいはミハエル・ランドルト)はドイツを母国とする。このあたりまではまだ比較的簡単である。
ややこしくなってくるのは第2中隊からだ。サモア由来のオノサイはまだいい。ピーター・リキンとマンリー・ベニサドは共に英語のファーストネームを持つが、姓の由来がぱっと見では判然としない。リキンの場合、英語読みでは「ライキン(グ)」になることからして、現地(アフリカ)名と判断していいだろう。ブラック・アフリカ(姓)で英語圏(名)、となると出身地は中央アフリカ東側、もしくはアフリカ南部に限定される。彼はSAUSの軍人だから、南アフリカと限定してよかろう。
問題はベニサドである。彼の名字には非常にマグレブじみた響きがある。だが彼を安易にマグレブ出身と仮定すると、このゲームにおける世界地図が塗り替えられてしまう。マグレブの血を引き、かつ英語圏となるとエジプト・シリア、だがこのゲーム地図に従えば許されるのはせいぜいエチオピアかスーダンまでであろう。エリトリアやフランス語圏のジブチも含め、この辺りは非常に宗教紛争の激しい地域でもある。あるいはそのような紛争に巻き込まれて南部(キリスト教地域)に脱出したコプト系という可能性は、彼の隠された過去と併せて考えると興味深い仮説ではないだろうか。
第3小隊は別の意味でややこしい。ノーマン・ライツはアフリカの血を引いてはいるが、その名は見まごうことなくアングロ・サクソンである。姓が宗主国語化されるほど強く他国の支配を受けた国、というとまずアメリカから逆移民の起こったリベリアが思い浮かぶが、果たして奴隷解放後好んで歴史上の人物の姓を選んだアフリカ系アメリカ人に、ドイツ語系の姓ライツがそれほど人気があったかどうか。ドイツは短い間(1880年代終盤から第一次世界大戦まで)アフリカにカメルーンをはじめとする植民地を持ったが、たかが一世代の支配で姓を宗主国語化するほどの影響力を与えられたとは考えにくい。むしろ可能性があるとすればドイツ語ではなくオランダ語、つまり旧ベルギー領という可能性が浮かんでくる。ゲーム上の国ザインゴの情勢を思わせるコンゴ付近で英語圏を求めるのであればたとえばウガンダあたり、両コンゴの混乱で流れ込んだ避難民もあるかもしれない。
続いてブラハム・マグナッソン。全くアフリカに来る理由のない男である。しかも彼の実家がコペンハーゲン(デンマーク)にあるのにも関わらず、彼の名字がスウェーデンもしくはノルウェー系を示唆していることに注目してみよう。デンマーク系ならばMagnussenになるはずなのだ。コペンハーゲンはデンマークとは言え、対岸のスウェーデン領マルメまで現在でもフェリーで45分。スカンジナビア5国内の人的移動は欧州連合内よりも遙かに活発だから、彼の家族も数代前まではスウェーデン、それも南部のスコーネ地方に住んでいた可能性が高い。ここで彼がスウェーデン国籍保持者だとすると、面白い仮説が立てられる。未だに徴兵制を維持する数少ないヨーロッパ諸国の一つであるスウェーデンは、世界の多くの紛争地域に国連軍として自軍を派遣している。つまり彼自身の意志ではアフリカに来る理由のとうてい思いつかないマグナッソンも、兵役期間中に紛争調停の目的でアフリカに派遣された可能性が出てくるのである。マグナッソンは国連軍の一因として当地に滞在する間に何らかの理由でアフリカに残る決意を固めた、と見るのは考えすぎだろうか。なお、スウェーデン人であった第2代国連事務総長ダグ・ハマーショルドはコンゴ動乱の絡みでこの地で飛行機事故に遭い、殉職している。パレスチナ問題の調停者としてイスラエルに派遣され、イェルサレムで暗殺されたフォルケ・ベルナドッテといい、スウェーデンと国連の紛争調停とは切っても切れない縁である。
マックス・バスターナックはポーランド系アメリカ人のアフリカ移民である。つまり地球を一周してしまった血筋なわけだ。鍵になるのは彼の祖先がどの年代でアメリカに移民したかである。時期的には3つの可能性がある。第1は列強によるポーランド分割期。第2次大戦前までの、20世紀前半がこれにあたる。第2は第2次大戦中。彼の家系がユダヤ系であれば、ファシズムと反ユダヤ主義をおそれてこの時期に祖国を離れている可能性は高い(だがバスターナックという姓はあまりユダヤらしくはない。ユダヤ系の姓は往々にして自然に関連する単語が入っており、ヨーロッパ人はみればそれとわかるものらしい。Green, Gold/Golden, Blom/Bloom等々)。その後、共産主義圏に編入された時期を除外して、一気に現代まで飛んでみよう。実は現代に至ると、ポーランドからアメリカに移民するメリットは一般的には存在しない。ポーランドは旧東欧諸国の中では欧州連合にもっとも早く加入するであろうと見なされている。つまり、普通ならばポーランドに残って欧州連合に加入後、西欧諸国に移民(もはや移民とは言わないが)した方が賢いのである。そうでなくても、もともとポーランドはフランスと関係が深い。マリー・キュリーやフレデリック・ショパンを上げるまでもなく、歴史上ポーランド人はしばしばフランスに逃げ場を求めている。しかるに、なぜアメリカなのか。既に述べたように彼の家族がユダヤ系で、第2次大戦期に国を離れていれば、祖国のみならずファシズムの嵐吹き荒れるヨーロッパからも遠ざかって不思議はない。そうでないとするならば、あえて欧州連合加入後にアメリカに流出した可能性を考えてみよう。2003年に予定通り欧州連合に加盟したポーランドは、まず間違いなくグローバリゼーションの波に襲われるだろう。特にパブリック・セクターはその影響を強く受け、多くの失業者を出す可能性がある。その可能性を突きつけられたとき、もし自分にセールス・ポイントがあれば、彼らが自由度のより高いアメリカに流出することも十分に考えられるのだ。
しかしバスターナックの場合、話はそこで終わらない。アメリカから更にアフリカへと移動するには、それなりのモチベーションが必要だ。アメリカ社会になじめなかったか差別を受けたのか、その理由は血筋に依るのか思想的なものか。ともかくバスターナック家の息子は欧州にもアメリカにもいられず、残された数少ない可能性からアフリカを選んだのだろう。彼のECに対するあからさまな憎悪や行動の端々に現れる焦燥感も、これなら納得がいく。彼は他に逃げ場を持たない負け犬、みなし児なのだ。
さて、彼らを取り巻くスタッフに視線を移してみよう。チャミリ・フィリシターはインド系。南アフリカやマダガスカルにインド系は別段珍しくもない。オットー・ボギナールの名前はフランス語系、おそらく旧ベルギー領、もしくはフランス領に植民地時代に住み着いた地主の家系というところだろう。ヴィオラ・キシュの名前はマジャール語の響きがする(実際に私の知人に同姓のハンガリー人がいるためにそう思えるのかもしれないが)。ハンガリーからアフリカに来る理由というのも特に思いつかないが、北アフリカにミハエル・ランドルトとその父を抱えるような研究所のあるご時世である。メカニックにずば抜けた才能を発揮する彼が、同種の研究所にいたとしてもそれほどおかしくはないだろう。
最後にして最大の謎はイデ・サンゴールおよびマウル・バッタールである。どちらもSAUS軍においてそれなりに重要な地位にいると思われるこの二人だが、その名前は明らかにマグレブ系である。すでにベニサドの項で触れたが、マグレブ系はこのゲームでは敵役。スパイにしてもやりすぎである。あるいはかれらもベニサドと同様、中央アフリカ東の出身だろうか。しかしそれとは別に興味を引くのは、サンゴールの名である。Ideという音はフランス語のidéeと酷似しており、フランス語圏ではこれらの形容詞が人名となることは少なくない(文豪オノレ・ド・バルザックのHonoré<honorer(v)<honour(n.名誉)、サッカー代表監督エメ・ジャケのAimé<aimer(v.愛する)、眠りの森の美女を目覚めさせるのはデジレ王子-Prince Désiré<v.désirer(v.欲する、求める)である。さらに余談だがイギリス人歌手デズリーの本名Desiree WakersのDesireeはDesiréの女性形である)。もともと女性名詞であるこの単語を別の単語の女性形と見なし、男性形として最後のeを外してみるのはどうだろう。idéeとは思想、思考である。IMACの指揮官・頭脳であった彼には何にもまして適切な名前ではないだろうか。
この文章はゲームに刺激を受けての雑感・雑想を形にしたものです。
現実およびゲームとは何ら関係のないことをお断りしておきます。